なかのひと

 

ロケットエンピツ(仮)

イラスト制作会社のイラストレーター・デザイナー、3級知的財産管理技能士

イラストの仕事でコツコツ住宅ローン返済中

 

15歳

帰宅部。何も目標がない。怠惰な日々の15歳。漫画家を目指している友人の影響で、自分でも絵を描いてみたら、意外なほどのめり込んだ。そこから自分の人生が変わり始める。

 

16〜18歳

美術部。勉強をほっぽり出して、親が呆れるほど絵を描き続けた高校時代。かわいい女の子からゴリゴリの劇画、エアブラシを使ったリアルイラストまで、何でも描いた。この頃は「絵を描く仕事=漫画家」しか思いつかなかった。

 

19〜20歳

わがままを押し通して上京。デザイン専門学校のコミック学科へ入る。しかし、オタクな空気に馴染めず「自分は、そこまで漫画が好きじゃなかったんだ」と気がつかされる。ぼんやりした将来。堅実な友人に誘われて、就職活動を始める。

 

21〜25歳

学校で学んだのは、漫画のことだけ。イラストレーターとデザイナーの違いも知らぬまま、デザイン会社に入った。当時のデザイン業界は、版下と写植のアナログから、MacとAdobeのデジタルに変わり始めた過渡期。現場の中でデジタル制作を身につける。パッケージや広告デザイン、ロゴデザイン、キャッチコピー、撮影の準備、印刷所の立会い、ついでにイラストも、できることは何でもやって、厳しい環境でゼロから叩き上げられた。本当に厳しかった。でも、得たものは大きかった。

 

26〜32歳

2歳上の姉が急逝。多忙な日々の中でふと思う。「なんでこの業界入ったんだっけ?そうだ、絵が描きたかったんだ。」26歳の無謀な独立。限りなくフリーターに近いフリーランス(自営業)。お金はないが時間はある。毎週、表参道のギャラリーに通い詰めイラストを見まくる、プロのイラストレーターたちと話す、青山ブックセンターで画集立ち読み、いっぱい吸収!吸収!吸収!営業なんて未経験。仕事ってどうやって取るの?師匠もいない。すべてが手探り。ポートフォリオまとめるのだけは上手かった。少しずつ少しずつ仕事を増やしていく。そして、結婚、子供も授かった。しかし、イラストで家族を養うのは難しかった。これが現実。

 

33歳

イラストレーターを辞めるつもりで再び就職活動。その最中、専門学校のOBからアニメ専門学校の非常勤講師を頼まれた。漫画家を目指す学生たちにデザイン講義をする。授業内容も自分で考えた。人に教えるのが、自分の仕事を振り返ることだと実感した。

 

34歳〜現在 

このまま専任講師になろうか迷ったが、イラスト制作会社に決まった。まさかのイラストレーター続投。「お前もこうゆうのを読めよ」と、父から松下幸之助の本をもらい読むと、アートなイラストは趣味に割切り「ビジネス的視点」でイラストを見るようになる。いろんなタッチが描けるのが器用貧乏だと思っていた。でも、ターゲットに合わせてイラストを描ける器用さが、仕事の幅を広げられることに気がつき、取引先からご指名される仕事が増えた。仕事を得る切っ掛けになれればと、イラストレーターとしての自分の経験を書いたブログをはじめると、ビジネス的視点が功を奏して、ビジネス書の仕事に広がっていく。自分を奮起するつもりで、小さな小さな家を買う。個人的に著作権法を勉強する流れで、国家資格の3級知的財産管理技能士も取ってしまった。

 

現在もイラストで住宅ローン返済中。