【プロの心得】無理な個性より伸ばすべき資質

イラストの公募コンペ募集に審査員からのコメントで「見た事もない個性的な作品をお待ちしています」というのを見かけるんですが、個性って何なんでしょうか?個性的なイラストって何なんでしょうか?本当にそれって大切なんでしょうか?


若い人への教育現場において「おまえの個性を伸ばせなんて」馬鹿なことを言わない方がいい。それよりも親の気持ちを分かるか、友達の気持ちが分かるか、ホームレスの気持ちが分かるかという風に話を持っていく方が、余計まともな教育じゃないか。(中略)若い人には個性的であれなんていう風には言わないで、人の気持ちが分かるようになれと言うべきなのです
(作家•養老孟司)

 

これは、養老孟司さんの著書「バカの壁」の一節で、「個性とゆとり教育」についての話ですが、僕は、この「個性」という言葉に苦しめられた事がありました。

 

「無理して個性つけなくていいですよ」の一言でメッキが剥がれた

 

イラストレーター教室での作品(当時26歳)
イラストレーター教室での作品(当時26歳)

僕もイラストレーターを目指した初期の頃は「有名なイラストレーターのイラストは『個性的』で、パッと見れば『あの人のイラストだ』とすぐ分かるから、そんなイラストを描けばいいんだ」と考え、個性を履き違えた前衛アートなイラストを描いていました。今思えば実に恥ずかしい作品ばかり。

 

ある日、そのイラストを持って大手出版社の装丁室に営業に行きました。「これだけ個性的なイラストなら、すぐに仕事になるぞ!」と勢い勇んで行ったのですが、見てくださったデザイナーさんから出た言葉は「そんなに無理して個性をつけなくて良いですよ」でした。

 

無理して着けた個性など所詮メッキに過ぎません。見る人が見れば分かってしまうものなのです。その日を境に、自分の「個性」に対する考えは脆くも崩れ去ってしまいました。

 

個性とは、積み重ねの結果である

 

イラストレーターとして仕事をしていると、クライアントがどういったイラストを求めていて、どこにポイントを持って行けばいいのかと、相手の要望を察する事を求められます。養老孟司さんが仰った「人の気持ちが分かるようになれ」というのは、こんな事にも繋がります。そんな想いの前では「個性」なんて言葉は、風に吹かれてしまうほど軽い言葉に思えてしまいます。

 

しかし、永くイラストを描いていると、不思議なことにいろんな方が、タッチの違う僕のイラストを見て「やっぱりどのイラスト見ても、良知さんらしいね」と言われるのです。自分ではよく分からないけど、あえて「個性」という言葉を使うとしたら、こういった積み重ねから来た「結果」なのだろうと思います。

 

もちろん、個性に対する考えは人それぞれですから、自分の求めるところがあれば徹底して突き詰めても良いでしょう。少なくとも自分は「後々飽きられる、見せかけだけの個性は必要ない」という事は言えます。